スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

病中吟

 みなさま、こんばんは。滝川です。

「超人間・岩村」の売り上げや感想ばかり気にしていると心を病みそうになるので
 次のお仕事の話題もしてみようと思います。

 実は今、水面下でひっそりと進行している企画がありまして。
 まだきちんとした形でまとまっていないので、細かい話は控えたいのですが
 その企画の中に「歌道に通じている、非常に聡明な女性」が登場するのです。

 近頃の私は、そのキャラクター「霧子さん」への理解を深めるために、
 松尾芭蕉先生を改めて勉強しています。

 秋深き 隣は何を する人ぞ



 芭蕉先生の有名な句です。
 私は長い間この句を、ただ秋の無聊を詠んだものと思い込んでいました。
「秋の夜長に、私はすっかり暇を持て余している。こんな時、隣家の人は何をしているのだろうか」
 こういう、和やかでのんびりした情景を詠んだものだろう、と。

 しかし、実際にはこの句を詠んだ時、芭蕉先生は死病の床にありました。
 友人達が句会を開き、それに招かれているのに、病中であるため行けない。
 その悔しさや寂しさを芭蕉先生は
「……隣は何をする人ぞ」と
 知らない振りをするように呟いてみた、というのがこの句の真情のようです。

 それまで自分がまったく知らなかった事柄を、キャラクターを通して学ぶと、
 まるでそのキャラクターから教えてもらったような気持ちになります。
 私の尊敬する作家の一人、トマス・ハリス先生は、
 こうした創作キャラクターへの敬意を、中東の王様の言葉を引用してこう表現しています。

「私はハヤブサを飼っているのではない。彼らと共に生きているのだ」



 結局、健康を回復できなかった芭蕉先生は、最後にこんな歌を詠みます。

 旅に病んで 夢は枯野を 駆け廻る



「霧子さん」も、芭蕉先生と同じ永遠の旅人です。
 私は彼女から、すでに多くの事を学ばせてもらっています。

 それでは、失礼します。

TRACKBACK


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。