スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

節分ですね

 どうもみなさま、こんばんは。滝川です。

 というわけで節分です。
 しかし今年の私は「鬼は外」と言いにくい立場なのです。
 作品に出してしまう関係上。

 で、今日は作品に絡めた「鬼」の話をしようと思います。
 ですが例によって長く、興味のない人にはどうでもいい話なので
 今回も追記にしておこうと思います。


 鬼の「おに」という音は、隠の「おん」と関わりのあるもので、
 目に見えざるもの、姿を現さないもの、という意味があるというのは
 伝綺ものが好きな人にはわりとメジャーな知識です。
 しかし、平安の頃の万葉言葉では、「鬼」と書いて「もの」と読む事があります。
 鬼は必ずしも見えざる「隠」ではない、という事です。

 折口信夫先生によると、日本で「八百万の神」と呼ばれているものは
 本来なら「たま」と呼ばれるべきものであったそうです。
「たま」は「魂」であり、それ自体に善悪の違いはなく、
 そこで昔の人達は、
 人に善い働きをしてくれる「たま」を「カミ」
 人に悪い働き、意味の解らない働きをする「たま」を「モノ」と
 そう呼び分けるようになったと折口先生は説いています。

「たま」は「かみ」と「もの」に分かれ、「もの」はやがて「おに」になりました。
 そして荒らぶる「おに」は中国から渡来した「鬼(キ)」と結びつき、
 もともとの「たま」たる神性は完全に失われ、
 破壊的な祟りと怨みの象徴になっていきます。

 失われた「モノ」としての鬼。
 この不可思議で曖昧な、日本人の心の原風景に棲んでいた怪を
 なんとか輪郭くらいは描いてみれないものだろうか。
 そんな事を考えながら書いているのが、今進行しているプロジェクトです。

 ……以上、民俗学者でもなんでもない無学な滝川が
 長々とよく知りもしない話をして、失礼しました。

 まあ要するに、「鬼」が出てくる小説を発表する予定だという
 宣伝であります!
 まだまだ調整が必要なので油断大敵なのですが、
 とにかくがんばります!
 発表の暁には、ぜひともよろしくお願いします!


 それでは、失礼します。
 厄を払って、健やかな一年をお過ごしください。

TRACKBACK


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。